今年度から東北マリンサイエンス拠点形成事業(プロジェグランメーユ)の特任研究員としてプロジェクトに加わった梅津裕也さんを、職員の渡部が訪ねてみました。
梅津さんが所属する河村班は、国際沿岸海洋研究センターのある岩手県大槌湾を中心とした三陸沿岸域において、生物の分布や行動様式などを調べることで沿岸岩礁域の生態系を明らかにしようとしています。梅津さんも大槌湾や宮城県牡鹿半島東岸をフィールドとして野外調査を行っていますが、東大柏キャンパスにある大気海洋研究所に戻ると、実験室にこもったり、PCに向かったりしています。いったいどんなことをしているのでしょう?
「柏で行っている作業の一つに、動植物の安定同位体の測定があります。潜水によって採集した動植物の安定同位体を測定することによって、沿岸岩礁域の食物網構造(食物連鎖)を明らかにすることを目的としています。」と梅津さん。
「…安定同位体…?」 説明して頂いた内容をまとめますと… 生物は、水素(H)、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、リン(P)、イオウ(S)や、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)などの元素で構成されています。それぞれの元素には、陽子の数は同じだけれど、中性子の数が異なるため全体の重さ(質量)が異なる原子、「同位体」が存在します。そしてその同位体の多くが不安定で崩壊する「放射性同位体」であるのに対し、安定して存在する「安定同位体」があります。
窒素(N)は、質量の軽い14Nの方が代謝されやすいため、質量の重い15Nが残りやすく、生物の体内に濃縮されていきます。ですから15Nの安定同位体の値が高いほど、より高次の捕食者(肉食動物)であると考えられています。炭素(C)では、植物が利用する栄養源の由来の違い(海由来なのか、陸・河川由来なのか)によって値が異なります。生産者から高次の捕食者に炭素を利用されても、窒素のような濃縮は起こらず、最初の植物が作り出した炭素の同位体比を比較的保ちます。 つまり炭素・窒素の安定同位体を分析すると、被食・捕食の関係がわかり、その生物が生態系の食物網構造においてどのような位置にいるのか、どういった物質循環の中で生活しているのかがわかります。 ……とのことです。 「安定同位体」でそんなことまでわかってしまうのか!と驚きました。そこで、実験室での分析作業の一端を見せてもらいました。 写真1は「ヨコエビ類」の消化管内容物を除去しているところです。安定同位体を分析する場合、分析する生物以外の元素が存在していると(消化管内容物や体表の付着物など)、正しい値が測定できないためです。実体顕微鏡を見ながら体長2~3mmのヨコエビの消化管内容物を取り除く作業は、まるで米粒に顔を描く職人のよう。 (写真はヨコエビ類を専門としている小玉将史さん:生物資源再生分野・博士課程1年)
写真2は乾燥して細かく砕いた「エゾノネジモク」という海藻を計量している様子です。1mgの1/10000まで計量できる量りを用いています。エゾノネジモクをピンセットでスズ箔に入れ、分析にかけられる量に調整して包んだ後、タブレット状に形成します。ヨコエビ類についても同様の作業をします。 写真3は分析計の上部です。レコードのような丸い盤があり穴が空いていて、盤が回ると一つずつサンプルが下に落ちて分析できる仕組みになっています。 写真4 は用意したサンプルを元素分析計にセットするところです。今回梅津さんが分析しているのは、「アワビ(の筋肉)」と「ホソメコンブ」。ヨコエビ類やエゾノネジモクと同様、スズ箔に包んだサンプルを、一つずつ分析計の丸い穴に入れていきます。
1つのサンプル分析するのに約12分。30サンプル分析すると約6時間かかります。今回は300~500サンプルを分析するそうなので、すべてのサンプルの分析が終わるまでに、約1週間かかります。分析結果を図にして、各生物の栄養段階や食物網構造について考察していくそうです。
今回、実験室での作業を見せてもらって、研究者たちは海を舞台とした肉体労働と、緻密な手作業と、根気のいる頭脳労働とをこなして、最終的に真理を導き出しているのだと思いました。まさに、オールラウンドプレイヤー!この分析結果から多様な生態系が明らかになっていくと思うと楽しみです。(渡部)
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