7月10日から11日にかけて、盛岡市のエスポワール岩手で「第4回市民公開講座さーもん・かふぇ2015」が開催された。 定置網やふ化放流事業の端境期にあたる今回は、サケを愛する 100 名近い関係者の集う盛会となった。 初日は、岩手県水産技術センター・佐久間修所長ならびに大気海洋研究所・東北マリンサイエンス拠点形成事業代表の木暮一啓教授の挨拶に続き、大気海洋研究所・野畑重教さんによる講演「大槌湾における回帰親魚の行動解析」から始まった。「匂い」を頼りに母川へ戻るサケが、震災による沿岸・河川環境の激変により「目印」を失っているのではないかという仮説を検証する壮大な研究である。 2 年間にわたり、のべ 100 本近い超音波発信器を投入し、世界にも類を見ない大規模な追跡調査を実施している。 講演では、まず、津波によりふ化場が被災した河川では、本来なら回帰の中心となる 4 歳魚が極めて少ないことが示された。昨シーズンの 4歳魚とは、ちょうど震災時にふ化場で育てられていた被災年級群にあたる。このため追跡調査でも十分な個体数のデータは得られていないとしながら、被災年級群ではたとえ湾内へ戻ってきても、そこから河川へ遡上する割合が著しく低い傾向にあることが示された。来シーズンには 5歳魚となる被災年級群および回帰の本格化する震災後に放流された群のデータが蓄積されるため、詳細な震災影響に加え、有史以来人々の興味を引きつけてきたサケの母川回帰行動に関する基礎生態学的情報が得られるものと期待される。 続いて、岩手大学の塚越英晴さんによる「岩手のサケの遺伝的特徴」に関する講演である。本研究は三陸のサケ資源の管理・保全の基礎単位を明らかにする生態学的にも資源学的にも極めて重要な課題である。独自に開発した新たな遺伝子マーカーによる解析は、10 月半ば以前に遡上する前期群とそれ以降の後期群および北上川の個体群に、それぞれ明瞭な遺伝的差異のあることを明らかにした。さらに興味深いことに、北上川個体群では支流ごとに遺伝的組成の異なる可能性が高い。一方、2012 年 と 2014 年 の結果を比較したところ、集団構造に変化は見られないが、遺伝的多様性は減少している可能性が示唆された。三陸シロサケ資源の管理・保全のみならず、サケの母川回帰など繁殖生態についても多くの示唆に富む興味深い講演だった。 北里大学の清水恵子さんは、様々な飼育条件下におけるサケ稚魚の腸内細菌叢の変動を明らかにされた。どうやらサケ稚魚の腸内にも、いわゆる善玉菌と呼ばれる乳酸菌が存在している可能性がある。もし、こうした善玉菌を特定し、餌料などを通じて取り込ませることができれば、質のよいサケ稚魚を生産できるかもしれない。その他様々なアイデアを取り入れた「三陸式サケ稚魚飼育技術の開発」まで視野に入れた研究には、関係者の強い期待が感じられた。 北海道区水産研究所の清水幾太郎さんは、「北海道・東北地方におけるサケ製品交易の歴史」と題して、縄文期以降のサケ利用について講演された。未だ仮説としながらも、古くからサケの供給地であった北海道と消費地である西日本を繋ぐ重要な役割を果たしたのが東北地方ではないかという。サケといえば北海道というイメージが定着しているが、実は東北ぬきに現在の我々とサケの関係は成り立たなかったかもしれないという話は大いに興味を惹かれるものであった。 休憩を挟んだ後半の講演では、近年減少傾向にある我が国のサケ資源に関するホットな話題が続いた。北海道立総合研究機構の永田光博さん、宮城県内水面水産試験場の佐藤好さん、岩手県水産技術センターの小川元さんらにより、それぞれ地域ごとに異なる回帰状況や資源生態学的実態、さらには経済分析なども併せて報告され、最新の研究成果を踏まえたサケ資源の現状を議論するよい機会となった。最後に、さーもんカフェの主催者である北海道大学の帰山雅秀教授による講演は、太平洋10 年規模振動(Pacific Decadal Oscillation )とサケ回帰資源量の相関を示しつつ、地球規模での環境変動や世界的な生物多様性保全という流れの中で、開催趣旨にある「サケ資源のリハビリテーション」をどのように行うかという問いかけでもあった。 この夜の懇親会では多くの参加者と話をすることができ、サケの今後について様々な “妄想話” に花が咲いた。 翌日はサーモン・カフェ名物「なんでもハナスベー」である。話題提供として、北海道大学の秦玉雪さんが「環境DNAを用いた稚魚飼育の評価」について、そして私が「大気海洋研究所のサケ研究」について紹介した。1 時間以上にわたるディスカッションでは、岩手県水技センターの小川さん始め、各ふ化場で実際の作業に当たる漁協の組合員、流通・加工の普及員など、まさに最前線の声を聞くことができた。
我が国のサケ稚魚放流の55%程度、漁獲の80%程度は北海道によって行われている。しかし、岩手県もそれぞれ25%と15%程度の貢献をしており、この 2 地域のみでサケの放流、漁獲とも全国の 8 割以上を占めていることになる。北海道が、我が国サケ界の大横綱であることに異論はあるまい。しかし、それに次ぐ不動の大関が岩手県であるという事実は意外と知られていない。三陸水産業の復興を念頭においた「さーもん・カフェ」を通じ、名大関による一世一代のど派手な土俵入りを見たいと強く感じた次第である。(青山 潤)
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